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2018年5月 1日 (火)

(2018年3月)2017年度最優秀卒論賞を授与

 同窓会では2010年定例総会の決定に基づき、卒業を迎える在学生に 毎年「奨学金」(「最優秀卒論賞」)を授与しており、2017年度(第8回目)も 授与させて頂きました。
この「奨学金」の制度が今後も在学生の皆さんの励みとなってくれることを願っています。

(第66期 新卒業生の皆さん)
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卒業論文審査について 橋川健竜(教養学部准教授)

 アメリカ科では英語による卒業論文は必修であり、また学生にとっては駒場での勉学の集大成でもあります。 今年の卒業論文提出者は7名で、1月末に教員、4年生および下級生が参加して、口述審査会が行われました。 今年は特に優秀な論文2本に最優秀卒論賞を授与することになり、 同窓会のご厚意により 昨年に引き続いて奨学金も授与することができました。 卒業生の皆様のご配慮に、改めて感謝申し上げます。
 以下は最優秀卒論賞を受賞したベロワ、ニーナさんと太田夕陽さんによるお礼の言葉と論文要旨です。
Belova, Nina(ベロワ、ニーナ)
 この度は、最優秀卒業論文賞をいただき、誠にありがとうございます。 アメリカ科同窓会の皆様、そして難しいテーマで論文を書くことを許してくださり、 また時間を割いて丁寧に指導してくださった先生方に心より御礼申し上げます。 このような栄誉ある賞をいただけたことを大変光栄に思います。
American Counter Culture: A Comparative Study between Transcendentalism and the Hippie Movement
(アメリカの対抗文化 ー超越主義思想とヒッピー運動の比較研究ー)

 この論文の主題は、19世紀前半に開花したアメリカ独自の思想「超越主義」と、 1960年代に若者の間で広まったヒッピー運動の思想を比較することである。 この比較研究を通してアメリカの文化や思想の流れを「カウンターカルチャー」という大きな枠組みで捉え、 再検討しようと試みたものである。

 超越主義(Transcendentalism)は19世紀前半にラルフ・ワルド・エマソンやヘンリー・デビッド・ソローを 中心とした知識人たちによって生み出された思想体系であり、しばしばアメリカ初の思想的潮流と評される。 「自己」と「自然」に重きを置く超越主義は、「神」の意思は各個人の内に直接現れるとし、 個々人が外部からの介入を受けずにその声に従うことを賞賛した。この思想の政治的含意は特に時代を超えて受け継がれ、 現在でもアメリカの思想史の大きな一部を占めている。

 一方、ヒッピー運動は1960年代のアメリカで若者の間で、当時アメリカを席巻していた資本主義や冷戦 ーそして究極には主要な文化や生活のあり方全てー に対抗する形で広まったものである。 知能ではなく感覚を、競争ではなく一体化を重んじ、既存の社会から離れて新しい生き方を探ったヒッピーたちは 一般的な社会に対抗する「カウンターカルチャー」を築き上げた。

 超越主義者とヒッピーは、一見共通点を持たないように見える。実際、二者を並べて比較した研究はほとんどない。 しかし両者を「カウンターカルチャー」として見ると、多くの共通点が浮かび上がる。例えば、 両者共に既存の社会から自らを孤立させ、自己の内なる声に耳を傾けてより善い生き方を探ろうとしたこと。その過程で、 実験的な集団生活(コミューン)に挑戦し、社会で当たり前とされる価値観に疑問を抱いたこと。 政治の動向に大きな関心を持ちながらも、問題の根源である政治のシステムそのものを批判したこと。 理性主義によって見過ごされる感覚や感情を重要視したこと。そして自然を精神の成長にとって欠かせないものとして扱ったこと。 このような思想の共通性は、超越主義者のエッセイとヒッピーの記した地下新聞の記事を比較すると鮮やかに浮かび上がる。

 さらに超越主義とヒッピー運動は、思想においてだけでなく性質的にも似通っている。両者共に反知性的であり、 そして定義においてカウンターカルチャーである。反知性主義とカウンターカルチャーは、アメリカ研究においては 一般的に広まった概念であるが、思想史や文化史を鳥瞰的に研究するための大きな枠組みとしては使われることは少ない。 この論文は超越主義とヒッピー運動を例にとって比較することで、反知性主義やカウンターカルチャーといった概念を より広い意味で用いた新しいアメリカ思想史の見方を提案する。
太田 夕陽(おおた ゆうひ)
 この度は最優秀論文賞という栄誉ある賞を頂き、誠にありがとうございます。 アメリカ科同窓生の皆様に心より御礼申し上げます。今後は駒場の大学院において研究を継続しますが、 このような賞をいただけたことを自信に、より一層勉学に励みたいと思います。
Jackie Robinson and Integration in America: A Black Pioneer’s Struggle and Philosophy
(ジャッキー・ロビンソンとアメリカにおける人種統合:黒人パイオニアの苦闘と行動哲学)

 ジャッキー・ロビンソンは黒人初のメジャーリーガーであり、アメリカ史における偉人の一人とされる。 本論文ではロビンソンの人生、特に現役時代に注目し、彼を黒人史、並びに黒人思想史に文脈づけることを目的とする。 その過程で彼独自の行動哲学、およびそれを持つに至った要因について考察する。

 これまでのロビンソン研究は、伝記的なもの、すなわち逸話や優れた人格ばかりに注目し、 英雄的な側面に重きを置いた単純なものが多く、心理的な側面や黒人史における重要性にまで十分に言及できていなかった。 これはスポーツ史研究の伝統とも共通する傾向である。そこで本論文ではロビンソンをただのヒーローではなく一人の黒人として捉え、 そのような従来の研究の問題点を埋め合わせようと試みている。

 本論文は3章から構成される。
第1章では黒人史、および野球史を概観することで、人種隔離という強固で邪悪な人種差別構造がアメリカでどのように発展したのか、 そしてどれほどの苦難や重圧がロビンソンを待ち受けていたのかを明らかにする。同時に、著名な5人の黒人思想家の主張を取り上げ、 それらをカラー・ブラインド的態度でアメリカの現状・未来を楽観視した妥協主義と、黒人性を重視した闘争的な態度でアメリカに疑問を投げかけた対立主義という二つの立場に分類する。
第2章ではロビンソンの人生を幼少期から現役引退まで取り上げ、野球界での人種統合の進展や彼の性格や哲学を象徴する出来事を重点的に抽出する。
第3章では第2章で扱ったロビンソンの行動や態度を再び取り上げ、第1章で定義した妥協主義と対立主義という枠組みの中で分析する。 そして、一見対立していて両立が難しいこの二つの立場をロビンソンはうまく調和させたと主張する。 それを可能にした要因として、アスリートという比較的制約の少ない立場、白人の同僚との間に築いた、アメリカの未来に希望を与えるような良好な関係、 柔軟な選択・意思決定を可能にした彼自身の自由や平等への強い信念、の3つを指摘する。

 以上の主張を要約すると、ロビンソンは柔軟で実利的な行動哲学ゆえに、妥協主義と対立主義という黒人史における従来の二項対立的な枠組みに囚われない、  独特な立場に位置づけられると結論づけられる。野球界における人種統合が彼の現役時代に完成しなかったことが示すように、ロビンソンにも限界は存在した。  しかし、彼が生涯を通して体現した行動哲学は、彼の果たせなかった人種統合という夢を引き継いだ次の世代に新しい方向性・可能性を示したのである。

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